仏スポット絞り込み検索
仏像との縁は、選ぶというより、ふと現れるものかもしれません。あなたのマイブッダにつながる仏スポットを検索できます。
武蔵国分寺
木造薬師如来坐像(本尊) | 如来
東京都国分寺市西元町1-13-16
威厳深み安らぎ
武蔵国分寺の薬師堂正面厨子内に安置される本尊「木造薬師如来坐像」。平安時代末ごろの作とされ、彫眼・漆箔、寄木造による半丈六で、像高は約1.91mです。両脇に室町時代作の日光菩薩・月光菩薩を配し、十二神将を従える薬師三尊の形をとります。寺伝では元弘3年(1333)の分倍河原の戦いで旧武蔵国分寺が焼失した際にも像は難を逃れたと伝えられ、現在は国の重要文化財。通常は秘仏で、毎年10月10日の「目の日」に行われる御開帳法要で、年1回一般公開されます。
南蔵院
しばられ地蔵尊(石造地蔵菩薩像) | 菩薩
東京都葛飾区東水元2-28-25
親しみ神秘深み
南蔵院境内の「しばられ地蔵尊」は、像高約1mの石造地蔵菩薩像で、元禄14年(1701)の造立と伝えられています。寺院公式によると、『文政寺社書上』には諸願成就、特に難病平癒に霊験がある地蔵として記され、願掛けの際に縄で像を縛り、願いがかなうと縄を解く習わしから「しばられ地蔵」と呼ばれるようになりました。大岡越前の「大岡裁き」の故事でも広く知られ、現在も毎年12月31日に縄解き供養が行われます。通常は9:00~16:00の開門時間内に参拝できます。
摩利支天徳大寺
木造摩利支天立像(開運大摩利支尊天) | 天部
東京都台東区上野4丁目6-2
力強さ神秘威厳
上野・アメ横にある摩利支天徳大寺で本尊と同様に信仰される「開運大摩利支尊天」。台東区公式によれば、木造摩利支天立像は像高19.4cm、総高38.4cmで、針葉樹材を用い、頭部・体幹部を一木造とすることを基本とし、足下の猪とともに表されます。聖徳太子作と伝えられ、寺伝では京都本法寺で霊夢感得されたのち、宝永5年(1708)に徳大寺へ安置されました。震災や戦災の火災を免れ、現在も広く信仰されています。通常は秘仏ですが、摩利支天の縁日である毎月の亥の日に開帳祈祷が行われ、開催日は公式サイトで案内されます。
寛永寺 清水観音堂
千手観世音菩薩(秘仏本尊) | 菩薩
東京都台東区上野公園1-29
荘厳さ神秘気高さ
上野公園の清水観音堂に祀られる秘仏本尊・千手観世音菩薩。寛永寺公式では京都清水寺から迎えた尊像で、平安時代の高僧・恵心僧都作と伝えられています。台東区公式では13世紀の制作とされ、『東叡山諸堂建立記』に京都清水寺の僧が持参し、平盛久が天海に献じたとする伝承を紹介しています。通常は秘仏ですが、毎年2月の初午の日に行われる大般若経転読の際、午前10時と午後2時に御開扉されます。京都清水寺を写した舞台造りの堂内で、由緒ある千手観音を拝める明確な年中行事です。
浅草寺
木造持国天立像・木造増長天立像 | 天部
東京都台東区浅草2-3-1
力強さ威厳張りつめた気配
浅草寺の二天門に安置される持国天・増長天の二天像。ともに江戸時代前期、京都七条の仏師・吉田兵部藤房の作で、寄木造による武装した守護神像です。持国天は東方、増長天は南方を守護する四天王の二尊で、もとは上野・寛永寺の厳有院(徳川四代将軍家綱霊廟)に安置されていました。昭和32年(1957)に浅草寺へ移され、現在は二天門の向かって右に持国天、左に増長天が立ちます。東京都指定有形文化財。顔や鎧には古い彩色も残り、浅草寺を訪れる際に門越しに間近で参拝できる江戸前期の守護神像です。
西新井大師 總持寺
大日如来像 | 如来
東京都足立区西新井1丁目15-1
威厳安らぎ親しみ
西新井大師境内に立つ大日如来像。寺院公式によると文政年間の建立で、出羽三山の一つ・湯殿山の大日如来を勧請したものです。西新井大師は五智山遍照院總持寺を正式名とする真言宗豊山派の寺院で、2026年に開創1200年を迎える東京有数の厄除け祈願寺。大日如来像は境内散策マップでも主要な見どころの一つとして案内され、参拝者が境内で直接拝むことができます。著名寺院の参拝とあわせて立ち寄りやすい、歴史ある屋外の仏スポットです。
池上本門寺
木造日蓮聖人坐像(生身・孝道示現の御尊像) | その他
東京都大田区池上1-1-1
威厳深み静けさ
池上本門寺大堂の内陣中央に奉安される日蓮聖人坐像。日蓮聖人の七回忌にあたる正応元年(1288)、日持上人と日浄上人を大願主として造立されました。生前の日蓮聖人をよく知る人々が制作に携わったと伝わることから「生身の御尊像」と呼ばれ、左手に法華経第六巻、右手に母の髪を納めた払子を持つ姿から「孝道示現の御尊像」とも称されます。国の重要文化財。日蓮聖人入滅の霊場として知られる池上本門寺を象徴する祖師像で、大堂では毎朝5時30分から誰でも参列できる朝勤も行われています。
柴又帝釈天 題経寺
帝釈天板本尊 | 天部
東京都葛飾区柴又7-10-3
力強さ威厳深み
柴又帝釈天・題経寺の本尊「帝釈天板本尊」。寺伝では日蓮聖人が自ら彫ったと伝えられる板本尊で、片面中央に「南無妙法蓮華経」と法華経薬王品の経文、もう一方に右手に剣を持つ忿怒相の帝釈天像が刻まれています。江戸中期に所在不明となりましたが、安永8年(1779)の本堂改修中に再発見されました。その日が庚申の日であったことから柴又帝釈天の庚申信仰が広まり、現在も60日に一度の庚申の日には多くの参詣者が訪れます。帝釈堂には誰でも自由に上がって参拝でき、本尊は正面の御厨子に安置されています。祈願・回向申込時には本尊前で御開帳祈願が行われ、60日に一度の庚申の日には板本尊が常開帳となり、一般参拝者も直接拝することができます。
泉岳寺
釈迦牟尼仏(本尊) | 如来
東京都港区高輪2-11-1
威厳静けさ深み
赤穂義士四十七士の墓所で広く知られる泉岳寺の本堂本尊・釈迦牟尼仏。泉岳寺は曹洞宗の江戸三ヶ寺の一つで、現在の本堂は戦災後の昭和28年(1953)に再建されました。本堂には本尊の釈迦牟尼仏のほか、道元禅師・瑩山禅師、そして大石内蔵助の守り本尊とされる秘仏・摩利支天などが納められています。境内には赤穂義士の墓所や記念館もあり、忠臣蔵ゆかりの東京を代表する歴史観光寺院として多くの参拝者が訪れます。通年の開閉門時間は7:00~16:00です。
高尾山薬王院 有喜寺
増長天・持国天・多聞天・広目天 | 天部
東京都八王子市高尾町2177
力強さ威厳荘厳さ
高尾山薬王院の四天王門に安置される増長天・持国天・多聞天・広目天の四天王像。薬王院公式によると、四天王門は弘法大師1150年御遠忌事業として昭和59年(1984)に建立され、門内には東西南北を守護する四天王が安置されています。高尾山薬王院は天平16年(744)に行基が開山したと伝わる真言宗智山派の大本山で、現在は飯縄大権現を本尊として信仰を集めます。高尾山観光・登山の主要参拝地点にあり、門を通る参拝者が実像を間近に拝める、東京を代表する山岳寺院の守護神像です。
豊川稲荷東京別院
子宝観音菩薩像 | 菩薩
東京都港区元赤坂1-4-7
やさしさ親しみ安らぎ
赤坂の豊川稲荷東京別院境内に祀られる子宝観音菩薩像。豊川稲荷東京別院は、江戸町奉行として知られる大岡越前守忠相が豊川稲荷の尊天を屋敷内に祀ったことに由来し、現在は愛知県の豊川稲荷妙厳寺の直轄別院です。公式境内案内では子宝観音菩薩像を境内の参拝スポットとして紹介しており、子授けを願う信仰を集めます。毎年5月22日11時には子宝観音祭が行われます。赤坂見附・永田町から徒歩圏にある著名寺院で、境内開門時間内に実像を直接参拝できる観音像です。
玉川大師 玉眞院
四国八十八ヶ所・西国三十三観音の石仏群(約300尊) | その他
東京都世田谷区瀬田4-13-3
神秘張りつめた気配深み
玉川大師 玉眞院の本堂直下から境内地下に広がる「地下仏遍照金剛殿」。公式案内では、巨大な秘仏大日如来の胎内を表す地下霊場とされ、四国八十八ヶ所と西国三十三観音の大師・観音を迎えた石仏群を巡拝できます。昭和9年(1934)に龍海和尚が完成させ、地下約5メートル、参道約100メートルの鉄筋コンクリート造りで、石仏総数は約300尊。内部では明かりの使用を禁じ、静寂の中で「南無大師遍照金剛」と念じながら進む独特の参拝形式です。二子玉川近くで本格的な遍路・胎内巡りを体験できる、東京でも特に個性的な仏スポットです。
等々力不動尊(満願寺別院)
不動明王(本尊) | 明王
東京都世田谷区等々力1-22-47
力強さ威厳静けさ
等々力渓谷の高台にある等々力不動尊の本尊・不動明王。寺伝では、興教大師が信仰していた役行者作と伝わる不動明王を背負って関東に入り、夢のお告げと同じ渓谷を見つけて安置したことが霊場の始まりとされます。現在も心願成就・除災招福・良縁成就などの信仰を集め、毎月15日・28日と土日祝日の14時には月並護摩供が行われます。公式FAQでは本堂は誰でも自由に入って参拝できると明記されており、等々力渓谷と合わせて訪れやすい東京の有名不動尊です。
源覚寺(こんにゃく閻魔)
木造閻魔王坐像(こんにゃく閻魔) | その他
東京都文京区小石川2-23-14
威厳神秘深み
小石川の源覚寺で「こんにゃく閻魔」として親しまれる木造閻魔王坐像。源覚寺公式によると、像高は約1m、ヒノキ材の寄木造で、文京区の調査では運慶派の流れをくむ鎌倉時代の作と考えられています。銘文から寛文12年(1672)に仏師による修復が行われたことが分かり、文京区指定有形文化財(彫刻)です。宝暦年間、眼病を患った老婆が21日間祈願したところ平癒し、閻魔大王の右目が盲目になったという伝承から、老婆が好物のこんにゃくを供え続けたとされます。以来、眼病平癒の閻魔として信仰を集め、夏目漱石『こころ』や樋口一葉『にごりえ』にも登場する、江戸庶民信仰を今に伝える有名な仏スポットです。
堀之内妙法寺
除厄け祖師像(日蓮聖人像) | その他
東京都杉並区堀ノ内3-48-8
親しみ深み威厳
江戸時代から「堀之内のお祖師さま」として親しまれてきた妙法寺の除厄け祖師像。寺伝では、弘長元年(1261)の日蓮聖人伊豆流罪の際、日朗上人が由比ヶ浜に流れ着いた霊木から日蓮聖人の姿を刻み、帰還した日蓮聖人自らが開眼したと伝わります。のちに目黒碑文谷の法華寺から妙法寺へ迎えられ、あらゆる災難除けに霊験あらたかな祖師像として江戸庶民の信仰を集めました。現在は祖師堂正面の御簾奥に奉安され、御開帳を受けると尊顔を拝することができます。古典落語『堀之内』の舞台としても知られる、東京の庶民信仰を象徴する著名な仏教スポットです。
新井薬師 梅照院
薬師瑠璃光如来・如意輪観世音菩薩(二仏一体の御本尊) | その他
東京都中野区新井5-3-5
神秘親しみ深み
中野で「新井薬師」として広く親しまれる梅照院の御本尊は、薬師瑠璃光如来と如意輪観世音菩薩が二仏一体となった珍しい尊像です。寺伝では新田一族の守護仏で、戦乱の中で失われたのち、天正14年(1586)に新井の地の梅の木の空洞から発見され、その尊像を安置するため梅照院が建立されたと伝わります。江戸時代には徳川秀忠の娘・和子の眼病平癒の伝承から「治眼薬師」、子育ての信仰から「子育薬師」として知られました。御本尊は秘仏で、公式には寅年に限り御開帳されます。現在も毎月8の付く日に護摩法要が営まれる、中野を代表する参詣寺院です。
回向院
本尊阿弥陀如来坐像 | 如来
東京都墨田区両国2-8-10
荘厳さ安らぎ深み
両国の回向院本堂に安置される本尊阿弥陀如来坐像。回向院公式によると、通称「釜六」こと釜屋六右衛門の作で、宝永2年(1705)に安置された大型の銅造坐像です。像高は六尺五寸五分、蓮座は三尺四寸五分で、慈悲に満ちたふくよかな顔立ちを特徴とします。回向院は明暦3年(1657)の明暦大火で亡くなった10万人を超える犠牲者を弔うために開かれ、その後も災害や事故、無縁の人々など幅広い供養を担ってきました。本尊背面には千体地蔵尊が奉安され、阿弥陀如来を囲む荘厳な祈りの空間を形づくっています。相撲の歴史や鼠小僧の墓でも知られる両国の名刹で、寺の供養思想を象徴する本尊を参拝できます。
林泉寺
しばられ地蔵(石造地蔵菩薩像) | 菩薩
東京都文京区小日向4-7-2
親しみ神秘深み
茗荷谷の林泉寺に祀られる「しばられ地蔵」は、高さ約1mの石造地蔵菩薩像です。林泉寺公式によると、荒縄で地蔵を縛って盗難除け・厄除けなどを願う信仰があり、願いがかなうと縄をほどく習わしが江戸時代から続いています。年に一度、年末には縄がほどかれて供養されます。江戸中期の地誌にも有名な地蔵として記され、『大岡政談』や『銭形平次』にも登場する、江戸庶民信仰を今に伝える個性的な仏スポットです。文京区公式観光情報でも観光スポットとして紹介されています。
待乳山聖天 本龍院
毘沙門天(浅草名所七福神) | 天部
東京都台東区浅草7-4-1
威厳気高さ親しみ
浅草寺の支院・待乳山聖天本龍院に祀られる毘沙門天像。台東区公式観光情報によると、本尊である大聖歓喜天の脇侍として奉安される、凛とした姿の木彫り像です。待乳山聖天は大根と巾着を象徴とする聖天信仰で知られ、毎朝本堂では大聖歓喜天への浴油祈祷が営まれています。毘沙門天は浅草名所七福神の一尊としても信仰され、浅草観光とあわせて参拝しやすい仏像です。開堂時間は6:00~16:30、無休です。
真言宗智山派 正福寺
首塚地蔵尊 | 菩薩
東京都墨田区墨田2-6-20
深み静けさ親しみ
墨田区鐘ヶ淵近くの正福寺に祀られる首塚地蔵尊。寺院公式では、南北朝時代からの戦死者の頭骨を葬った地蔵尊とされ、現在も参詣者が絶えないと紹介されています。墨田区観光協会によると、天保4年(1833)に隅田川橋場付近の浚渫工事で多数の頭骨が発見され、正福寺と関係者が合葬して碑を建て「首塚」としたと伝わります。首から上の病に御利益がある地蔵として信仰され、毎月4日朝7時には首塚地蔵尊の前で法要が行われ、一般の参加も可能です。GO TOKYOにも現行の観光スポットとして掲載され、東京の庶民信仰と供養の歴史を伝える地蔵尊です。