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仏像との縁は、選ぶというより、ふと現れるものかもしれません。あなたのマイブッダにつながる仏スポットを検索できます。

青蓮山 清浄院

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聖観世音菩薩 | 菩薩

山形県村山市小松沢6500

神秘荘厳さ静けさ

最上三十三観音第20番札所として、村山市の山深い小松沢に建つ観音堂。本尊には、行基の作と伝わる聖観世音菩薩を祀り、阿弥陀如来・薬師如来とともに「巌上三所権現」として信仰されてきました。約1.5キロの山道と164段の石段を越えた先には、ムカサリ絵馬が並ぶ静かで荘厳な空間が広がります。里から離れた深い緑の中で、観音の慈悲と、長く山中に受け継がれてきた祈りに触れられる仏スポットです。

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不動山 本明寺

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本明海上人(即身仏) | その他

山形県鶴岡市東岩本字内野388

神秘深み張りつめた気配

湯殿山信仰が息づく鶴岡市東岩本の本明寺には、厳しい木食行と穀断ちを重ねて即身仏となった本明海上人が安置されています。庄内地方に現存する六躯の即身仏のうち最も古いとされ、損傷の少ない姿を今に伝えています。即身仏堂の隣には、上人が土中入定した場所とされる入定塚も残ります。深い杉林に包まれた静かな境内で、人々の救済を願って自らを捧げた行者の決意と、湯殿山信仰の深さに向き合える仏スポットです。

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巖龍山 藏髙院

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光明海上人(即身仏) | その他

山形県西置賜郡白鷹町黒鴨544-1

神秘深み静けさ

白鷹町黒鴨の山あいに建つ藏髙院には、湯殿山行者・光明海上人の即身仏が安置されています。「即身仏となるため、100年後に掘り出してほしい」と遺言して入定した人物がいたという地域の伝承に基づき、後世に発掘されました。渓流と深い緑に囲まれた静かな本堂で、人々の救済を願った行者の決意と、置賜地方に受け継がれてきた独特の信仰に向き合える仏スポットです。

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猿羽根山地蔵尊

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地蔵菩薩 | 菩薩

山形県最上郡舟形町舟形境の峰2981

力強さ親しみ安らぎ

舟形町と尾花沢市の境に近い猿羽根山の山頂に祀られ、日本三大地蔵の一つに数えられる地蔵尊。御本尊は、武将・沼沢新左衛門が兜につけて守り仏としていたと伝わる、一寸八分ほどの小さな地蔵菩薩です。縁結びや子宝、安産、延命、身体健全などの祈りを集め、最上四十八地蔵菩薩巡礼の結願所としても信仰されてきました。山上の静かな堂宇で、小さな地蔵に託された守護の力と、長く受け継がれてきた人々の願いを感じられる仏スポットです。

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長命山 幸徳院

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千手千眼観世音菩薩 | 菩薩

山形県米沢市笹野本町5686-5

やさしさ端正さ荘厳さ

置賜三十三観音第19番札所として、米沢市笹野の杉木立に包まれて建つ観音堂。本尊には千手千眼観世音菩薩を祀ります。現在の堂宇は天保14年(1843年)に上杉家十三代斉憲によって再建され、厚い茅葺き屋根と、外陣や向拝を埋める精緻な彫刻が大きな見どころです。初夏には境内を約2000株のアジサイが彩り、地域に伝わる笹野一刀彫とも深く結びついています。観音の慈悲と、置賜の職人たちが残した力強く華やかな造形に触れられる仏スポットです。

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普門山 観音寺

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十一面観世音菩薩 | 菩薩

山形県長井市九野本2047

やさしさ力強さ静けさ

置賜三十三観音第5番札所として、長井市九野本に建つ観音堂。本尊には、平安時代に伝教大師が神木から刻んだと伝わる、高さ約五尺の十一面観世音菩薩立像を祀ります。火災で堂宇が焼けた後、その焼け跡から発見されたとされ、疫病や災いを退け、幸運をもたらす観音として信仰されてきました。杉木立に包まれた静かな境内で、観音の慈悲と、災厄を越えて守り継がれた祈りの力に触れられる仏スポットです。

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宝積院

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十一面観世音菩薩 | 菩薩

山形県山形市大字鮨洗136

気高さやさしさ静けさ

宝積院の観音堂には、平安時代前期に造られた国指定重要文化財の十一面観世音菩薩立像が祀られています。像高約51.5センチの小像ながら、カヤの一材から台座まで彫り出した精緻な一木造で、流れるような衣文と気品に満ちた表情が印象的です。頭上の頂上仏を顔だけでなく上半身まで表す、全国的にも珍しい造形を備えています。限られた御開帳の機会に、平安初期の洗練された美と、静かな慈悲に向き合える仏スポットです。

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十六羅漢岩

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十六羅漢岩(22体の磨崖仏) | その他

山形県飽海郡遊佐町吹浦字西楯

神秘深み荘厳さ

遊佐町吹浦の日本海沿岸、鳥海山の噴火で流れ出した安山岩の岩礁に刻まれた22体の磨崖仏群。吹浦海禅寺21代寛海和尚が、日本海の荒波で命を失った漁師の供養と海上安全、仏教の隆盛と衆生救済を願い、元治元年(1864)に造仏を発願しました。地元の石工たちを指揮し5年をかけ、明治元年(1868)に完成。十六羅漢に釈迦牟尼、文殊菩薩、普賢菩薩、観音、舎利仏、目蓮を加えた計22体で、これほどの規模で岩礁に刻まれた磨崖仏群は日本海側ではここだけとされています。屋外で無料見学でき、現在も毎年7月の十六羅漢まつりで海上安全祈願が行われています。

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横山不動尊(大徳寺)

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木造不動明王坐像 | 明王

宮城県登米市津山町横山字本町3

力強さ威厳張りつめた気配

登米市津山町の横山不動尊・不動堂に安置される木造不動明王坐像。像高275cm、カツラ材を用いた寄木造で、平安時代にさかのぼる大型の不動明王像である。部材の改変が少なく、両手の指や右手の宝剣など制作当初の姿をよく残しており、平成9年(1997)に国の重要文化財に指定された。東北地方の仏像に多いカツラ材を用いることなどから、当地で巨像制作に習熟した仏師による作とみられ、奥州藤原氏の勢力下における仏像制作の様相を伝える貴重な像とされる。古くから「横山のお不動様」として信仰を集め、横山不動尊は日本三不動の一つに称されている。不動明王坐像の拝観には事前の申し込みが必要。

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双林寺

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薬師瑠璃光如来坐像 | 如来

宮城県栗原市築館薬師台1-1

力強さ端正さ深み

栗原市築館の双林寺に伝わる薬師瑠璃光如来坐像。ケヤキの一木から全体を丸彫りにした像で、像高約121cm。肩の張った厚みのある体躯には力強さがありながら、流れるような衣文や柔和な表情には穏やかな造形が見られる。平安時代中期の10世紀頃の制作と考えられ、東北地方に多く残るケヤキ材の仏像の中でも古い作例で、国の重要文化財に指定されている。双林寺は天平宝字元年(757)に開かれたと伝わり、この薬師如来は「杉薬師」として千年以上にわたり地域の信仰を集めてきた。通常は非公開だが、毎年5月8日・9日の文化財御開帳で一般参拝者も拝観できる。

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高蔵寺

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阿弥陀如来坐像 | 如来

宮城県角田市高倉字寺前49

荘厳さ気高さ深み

角田市高倉の高蔵寺阿弥陀堂に本尊として安置される木造阿弥陀如来坐像。ケヤキ材の寄木造に漆箔を施した丈六の巨像で、像高272.7cm、背後の飛雲光背を含めると全高5.18mに達する。阿弥陀堂が治承元年(1177)に建立された翌年頃に制作されたと推定され、藤原秀衡夫妻が造らせたとの伝承も残る。切れ長の目を備えた豊麗な面相や衣文には、平安時代末期の優美さから鎌倉時代の力強い表現へ移り変わる時代の特徴が見られる。国の重要文化財に指定され、800年以上にわたり信仰を集めてきた。阿弥陀堂内での拝観には事前の問い合わせが必要。

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輪王寺

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釈迦如来坐像 | 如来

宮城県仙台市青葉区北山1丁目14-1

端正さ静けさ気高さ

仙台市北山の輪王寺に伝わり、禅庭園内の三重塔に安置される釈迦如来坐像。像高33.4cm、檜材の寄木造で玉眼を入れ、像内には金泥、衲衣には金箔が施されている。寛文4年(1664)の制作で、底板の朱書銘から大仏師・法橋宋仁重次の作であることが確認できる。衣には緑青による斜格子と花菱などの装飾が施され、両手を膝上で法界定印に結ぶ、均整のとれた端正な姿を見せる。仙台市指定有形文化財で、通常は非公開だが、毎月1日と15日に三重塔で御開帳されるため、一般参拝者が定期的に実像を拝観できる。

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円龍寺

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薬師如来立像(東方瑠璃光如来) | 如来

宮城県柴田郡柴田町入間田寺35

やさしさ静けさ深み

柴田町入間田の円龍寺に伝わる木造薬師如来立像。カツラ材の一木造による素地像で、像高79.4cm。両手先や右肩先、両足先を欠くものの、童顔を思わせる穏やかな表情と素直な身体表現に特色がある。もとは寺の裏山にあった目連寺薬師堂の本尊で、明治41年(1908)に円龍寺へ移された。室町時代の作で、寺院公式では応永22年(1415)に秀龍が制作した像と案内されている。宮城県指定有形文化財で、十二神将立像とともに古くから地域の信仰を受け継いできた。拝観時間は9時から16時で、寺院に声をかければ御開帳してもらえるが、住職・副住職が不在の場合もあるため事前連絡が推奨されている。

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大崎市田尻総合支所

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木造千手観音坐像 | 菩薩

宮城県大崎市田尻沼部字富岡183-3

気高さ静けさ荘厳さ

大崎市田尻小松地域で守り伝えられてきた木造千手観音坐像。もとは『日本往生極楽記』にも名が見える小松寺の本尊として伝来し、明治初年に隣接する薬師堂へ移された。平安時代末期、12世紀後半の作で、中尊寺金色堂に安置される奥州藤原氏二代・基衡に関わる仏像群と共通する作風が指摘されている。二重まぶたの目や、背面で髪をたわませて結い上げる珍しい表現を持ち、院政期の東北地方における仏像制作を伝える重要な作例として国の重要文化財に指定されている。現在は保存環境を整えた大崎市田尻総合支所内の観覧室で一般公開され、予約なしで実像を間近に見ることができる。

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陸奥国分寺

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薬師如来 | 如来

宮城県仙台市若林区木ノ下3丁目8-1

神秘荘厳さ深み

仙台市若林区の陸奥国分寺薬師堂で本尊として祀られる秘仏・薬師如来。陸奥国分寺は奈良時代、聖武天皇の国分寺建立の詔によって創建された寺院で、現在の薬師堂は伊達政宗が寺の復興を図り、慶長12年(1607)に旧国分寺講堂跡へ再建したもの。堂内奥の須弥壇上に設けられた厨子に薬師如来が安置され、その左右には日光菩薩・月光菩薩が祀られている。薬師如来は通常は厨子を閉じた秘仏だが、毎年2月11日に営まれる「七日堂修正会」で御開帳される。古代から続く陸奥国分寺の信仰を現在へ受け継ぎ、病気平癒や息災を願う人々の祈りを集める本尊である。

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龍寶寺

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木造釈迦如来立像 | 如来

宮城県仙台市青葉区八幡4丁目8-32

気高さ端正さ深み

仙台市青葉区八幡の龍寶寺に本尊として祀られる木造釈迦如来立像。京都・清涼寺の国宝釈迦如来立像を忠実に模した「清涼寺式釈迦如来」の一例で、鎌倉時代初期の作とされる。ヒノキ材の寄木造で像高160.3cm。縄を束ねたような特徴的な頭髪や、胸元に同心円状に表された衣文など、清涼寺式特有の異国的な造形をよく伝える。頭部内には大永3年(1523)の修理銘が残る。もとは栗原郡金成の福王寺に祀られていたが、江戸時代の元禄年間に仙台藩4代藩主・伊達綱村によって龍寶寺へ移された。国指定重要文化財で、古くから「出世如来」「願掛け如来」「子育て如来」として信仰されている。

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持福院観音堂(給分浜十一面観音堂)

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木造十一面観音立像 | 菩薩

宮城県石巻市給分浜後山

力強さ威厳深み

石巻市給分浜の持福院観音堂に本尊として伝わる木造十一面観音立像。像高273.6cmに及ぶ大像で、カヤ材から顔と胴体を彫り出し、背面を刳ったうえで別に彫った背部を合わせる古い構造を持つ。肩幅が広く、腰まわりも太い堂々とした体躯と、強い男性的な表情が特徴で、鎌倉時代初期にさかのぼる貴重な作例とされる。もとは彩色を施さない像だったが、室町時代以降に現在のような彩色修理が行われた。大正4年(1915)に国の重要文化財に指定され、牡鹿半島の給分浜で長く観音信仰の中心として守り継がれてきた。実像の拝観には事前予約が必要と案内されている。

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大光院

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鉄造阿弥陀如来坐像(汗かき如来・4躯) | 如来

宮城県柴田郡柴田町西船迫1丁目12-12

神秘深み威厳

柴田町西船迫の大光院に安置される4躯の鉄造阿弥陀如来坐像。「汗かき如来」の名で親しまれる珍しい鉄仏で、像高約82cm。文永3年(1266)の銘を持つ鎌倉時代の作で、もとは大日如来・阿閦如来・宝生如来・無量寿如来・不空成就如来からなる五智如来として鋳造されたと伝わるが、現在は大日如来を欠き4躯が残る。村に変事が起こる際に像が水滴を生じて汗をかくという伝承から「汗かき如来」と呼ばれ、地域で長く信仰されてきた。現在は防火を考慮したコンクリート造の堂内に安置され、宮城県指定有形文化財となっている。

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保昌寺

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丈六阿弥陀如来坐像 | 如来

宮城県刈田郡蔵王町大字平沢字諏訪舘28-1

荘厳さ安らぎ深み

蔵王町平沢の保昌寺に安置される丈六阿弥陀如来坐像。総高379cm、像高288cmに達する大像で、ケヤキ材を用いる。もとは平沢の安養寺本尊と考えられ、頭部前面と胸部前面には平安時代末期の造形が残る。ふくよかで穏やかな顔立ちは中尊寺金色堂清衡壇の阿弥陀如来に近い作風を示し、奥州に広がった平安末期の仏教文化を伝える貴重な像である。享保3年(1718)に大規模な修理が行われ、頭部・胸部以外の多くの部分と台座・光背が補作された。明治初期に安養寺が廃寺となった後、複数の場所で守られ、現在は保昌寺に安置されている。宮城県指定有形文化財で、寺院へ声をかければ予約なしで拝観できる。

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称名寺

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木造阿弥陀如来立像(黒本尊) | 如来

宮城県亘理郡亘理町字旭山1

端正さ気高さ深み

亘理町旭山の称名寺に本尊として伝わる木造阿弥陀如来立像。像高約94cm、ヒノキ材の寄木造で玉眼を入れた鎌倉時代の作で、均整のとれた体躯、整った眉や目、流麗な衣文には快慶の作風がうかがえる。表面に施された金泥が長い年月の間に黒色化したことから「黒本尊」の名で親しまれている。もとは亘理氏ゆかりの光明院の本尊で、千葉常胤が源頼朝から拝領した像と伝えられ、亘理氏が涌谷へ移った後も当地に残され、のちに称名寺の本尊となった。宮城県指定有形文化財で、通常は非公開だが、毎年1月16日と8月13日の年2回公開される。

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